以下の文章は、ブログ “Do you think for the future?” に 2006年3月24日に書いたエントリであるが、技術士という資格の今後のあり方を考える上で非常に参考になる本であり、ここに再掲する。実際、このサイトの「技術士について」というページの記述は、本書の影響をかなり大きく受けたものとなっている。
タイトルに惹かれて購入してしまったが、まえがきを読むと本書は主として理工系の大学生をターゲットとして、どんな技術者を目指すべきなのか、そのために はどのようにレベルアップしていけばいいのか、といったことを書いた本のようである。でも、実際には現在の日本や世界の技術者を巡る情勢がどうなってい て、今後どうなっていくのか、といったことについてもコンパクトにまとまっており、既存の技術者にとっても知っておいて損はない内容が詰まっている。
オーム社
これからの技術者 -世界に羽ばたくプロを目指して-
大橋 秀雄 著
著者は、日本技術者教育認定機構の現会長である。日本技術者教育認定機構とは聞きなれないが、JABEEと 言えば聞いたことがあるかもしれない。今後の技術者について語るには、まずはこの辺のところから知っておく必要があるが、簡単に言えば、国際化の流れの中 で、適切な技術者教育プログラムを認定し、そのコースの修了生は技術士1次試験が免除になるというものである。最終的には、技術士の資格を有する技術者を ある程度多量に輩出しようという狙いがあるようだ。著者のホームページの印刷物というページには、本書のエッセンスに通じる資料がいくつか掲載されている。
技術者といっても、非常に幅が広く実態は千差万別だと思うが、いずれにしても職業としての技術者はこの社会のありとあらゆる分野(インフラから日用品ま で)に深く関わっている。しかし、一部の法定有資格作業を除くと、大部分の仕事は誰でもやれるし、実際にやっている。でも、最近の倫理に関する問題などを 見ると、技術者が社会に対して責任を持った職業であるという観点から技術者側が変わっていく必要があるようにも思える。
本書では、科学技術創造立国を目指すという国の方針や国際的に通用する技術者のニーズを踏まえ、JABEEの流れの延長として、技術士資格がこれからの技術者が保有するべき資格であると述べている。技術士というと、Wikipediaでは問題点が色々と指摘されているが、それでも幅広い技術分野のそれぞれの部門について、国が一流の技術者と認定する資格であり、かなりの難関資格として(一部では)知られている。
従来は、技術コンサルタントとして独立開業する人の看板という意味合いや、企業の技術者がリタイアした後に取得する称号的な意味合いが大きかったのだが、 最近大きく方向転換がなされ、社会に対して責任のある科学技術分野の仕事を適切に実施できる技術者として国が認定する、いわゆるプロの技術者の認定資格と いう位置付けを目指している。(Consulting Engineer から Professional Engineer へ)
本書で面白かった指摘として、昔は大学はほんの一部のエリートが進むところであり、研究者の養成機関という意味合いが強かったが、今では大学進学率が 40%以上になり、研究者の養成よりは社会人の養成という意味合いが強くなったということ。その結果、工学部も工学という学問を究める部ではなく、工を学 ぶ学部という位置付けに変わったと言えるようだ。 また、Engineering と Engineering Science と Technology の違いに歴史的な経緯を踏まえて突っ込んでいる部分などもなかなか興味深い。そう言えば、僕の出身大学の名前には Technology が含まれているけど、学部名は Engineering になっている。今まで何も考えたことがなかったけれど、実は中々奧が深い問題だったのだなあ。
本書の主張は、従来型の技術者として歩んできた僕には非常に新鮮に思えるけど、これが本当にこれからの主流の考え方になるのかどうかはまだまだ未知数だ。 技術者と呼べそうな人は日本に250万人程度いるらしいのだが、その中で技術士は約5万6千人しかいない。たった 2%強である。これがせめて今の5~10倍程度まで増えてこないと、技術士なんて資格があることが世の中に知られないだろうし、社会から認知されなければ 敢えて受験する人も増えては来ないだろう。(ちなみに医師は約26万人、歯科医師は約9万人、建築士は約30万人いるそうだ。)
ただし既にJABEE制度は動き始めており、今後はJABEE修了生から技術士になる人がそれなりに多数出てくることが予想される。そうなった時に、従来 からの技術者の立場は色々な面でやや微妙となることも考えられる。本書の主張はなかなか論理的で、説得力があり魅力的に写るのだが、一方で理想的な姿を描 いたに過ぎないという面もあり、現実にはいくつものハードルが待っていそうだ。。 それでも、ともかく「古い」技術者にとっては目からウロコとなる発見の 多い本だと思う。
ところで、本当に大学の現場は「プロの技術者養成」という意識に変わったのだろうか?
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